Smoke – 映画系ダイアローグ・マガジン

煙草の煙に目を細めると、照明を浴びたり、隠れたり、表と裏をいったりきたりする魅力的な人たちがいる。映画からそのほかのジャンルまで、愛すべき人たちにクローズアップする、ダイアローグ・マガジン。

【映画監督 石井裕也】「やるべきことが、期せずしてわかりやすくなった」

聞き手:原田満生 写真:Sai 文:大谷道子

INDEX

  1. 誰が見るか、どう楽しませるか
  2. 「俺、間違ってない」と確認したかった
  3. 現場人であり続けるということ
  4. 人を感動させるパワーは、ごく単純なものに宿る

I=石井裕也 / H=原田満生

人を感動させるパワーは、ごく単純なものに宿る

——
お子さんが生まれて、これから作風とか視点とか、否応なしに変わってくると思うんですが……。
H
それ、みんな言うよね。スタッフも言ってる。「石井さんって、これから変わるんですかね?」って。
I
うーん……あの、自分では丸くなると思ってたんですけど、むしろ逆かもしれないですね。まだちょっと、よくわかりませんけど。
H
どうなんだろうね……俺は、変わってほしくないんだよなぁ。
I
作風が?
H
うん。石井裕也と作風。それはそれで、素晴らしいんだよ。
I
うーん……でも、もう今、35歳なんで。老いみたいなものもあるから、体力的に。
H
はぁ? ふざけんなよ(笑)。
I
いやいや、本当にありますって。
H
俺の35歳なんてね、もう、狂ってたよ?
I
ハハハハ! いつから狂わなくなったんですか?
H
それはね……これ、最近悩んでるんだけど、男性ホルモンが低下してくるんですよ。いや、いいか、そんな話は。じゃ大作さんはどうなんだって話になる(笑)。
I
フフフ。あの世代の人って、すごいですよね。
H
あれこそ人間力。人として強いよね、やっぱり。戦争があって、ガキの頃から逃げ回ってて、あっち行ったりこっち行ったりして……だから、大人になってもああして続いてる。結局はそうやってやってきたこと、出会った人なんじゃないの? とは、思うよね。出会う人がまた、いろいろ持ってるわけじゃない。そうすると、てめえも変わらざるを得ないよね。
I
そうですね。
H
だから、誰と出会うかってすげえ、でかいよ。子どもができて変わるかもしれないけど、それだけじゃ持たないでしょ? 35で老いてます、とかお前ふざけんじゃねえ! って話だよ(笑)。
I
いやー、もうね……20代までは、徹夜で脚本書けたんですよ。今は無理です。もって集中力、1時間。
H
『バンクーバーの朝日』(14年)を撮ってるとき、覚えてないかもしれないけど、ちょっと話したじゃない? 俺はこの仕事、とりあえず30年やってきて、お前はまだ始めたばかりだって。そうしたら「ちょっと待ってくださいよ、こんな仕事、30年もやるんですか? 絶対無理っすよ」って。当時、まだ20代後半だっただろ。
I
そうですね。30くらいかなぁ。
H
定年でも60までやんなきゃいけない、映画監督なんてもっともっとやってるわけだから。そうしたらお前、「いやぁ、僕にはたぶん無理」って。
I
無理だと思いましたね。木村さんの話じゃないですけど、やっぱり俺たち、ヤワなんですよ、人間の作りが。これ以上ストレスを与えられたら、死ぬんじゃないかと。
H
じゃあ何で映画監督なんて職業やってんの? って思うんだよ。不思議なんだけど。
——
皆、持ってますよね。監督願望。
H
たとえば、あの『カメラを止めるな!』(17年〜公開中)の彼もこれから大変だと思うけど、ある意味、石井もそうでさ。最年少で日本アカデミー賞受賞監督1でワーッと波が来て、じゃ次に何を? と。自分をどう演出するのかって、ものすごく大切だからね。
I
そうですねぇ。
H
でもこの人、ほとんど断ってるんだよね。真面目だから、まず相手の話を聞くんですけど、実はもう、断るのは決まってるんだもん。
I
まあ、でも、別に3年くらいはやらなくてもいいかな? って気持ちが、どこかにあったんですよ。5年周期くらいで波が来るんだってことは、何となくわかってきたので。人生の。
H
30のヤツにそんなこと言われたくないなぁ(笑)。俺は、10年周期だから。
I
転機が?
H
そう。
I
うーん。でも何か……。「若い人」って言いたくないんですけど、今、何でもスマホで調べられちゃうんで、わからないってことを、皆がすごく怖がってますよね。たとえば、映画とかドラマとか小説とか音楽とか、社会全体にも言えることなんですけど、自分にわからないものがあると、それを無視するどころか排除しようとする。これ、けっこう深刻な問題なんですよ。
——
「どういうこと?」「わかんない」「教えて」って探究心が、なくなってますよね。
H
あとは、情報が多すぎ。どう考えても多すぎだよ。
I
どうなっていったらいいと思います? これから。
H
んー……でもあえて、そこに突っ込んだほうがいいと思う。
I
ああ、逆にね。
H
そう。突っ込んで、どんどん作って出しちゃう。ただ、何を出すか、だとは思うんだよ。炎上しても何言われてもどうでもいいし、メディアは確かに腐ってるかもしれないけど、一応、反応があるからものを作ってるわけでしょ?
I
もちろん、そうでしょうね。
H
だったら、それはそれで否定はしない。でもたぶん、このあと飲んだら全否定すると思う(笑)。
I
フフフ。……まあ、僕も子どもができたりして、あらためて思い知らされましたけど、凄みというか、人を感動させるようなパワーっていうのは、本当に、ごくシンプルなものにしか宿らないんだなぁと。何て言うんですかね? 期せずして、やるべきことがわかりやすくなった感じはありますよね、今。
H
うん。だから、神さまっているんだよな。「今のお前はこうあるべき」みたいなタイミングが、たぶんあるんだと思う。だから……変わんなくていいんだね、石井裕也は。
I
いやいや、わかんないですけど。
H
でも、絶対変わるよね。この人、(脚)本も書いてるから。
——
変わるでしょうね。
I
うーん……っていうかね、今は、書きたくないです。脚本なんか書かないで、ずーっと遊んでいたいです。子どもと、一日中。
H
馬鹿野郎(笑)。
I
何で? 別にいいじゃないですか。無理する必要ないじゃないですか。怖がる必要、ないじゃないですか。ねぇ。

脚注

  1. ^ 13年、『舟を編む』で受賞

(対談はこちらでおしまいです。ご愛読、ありがとうございました)

石井裕也 YUYA Ishii

1983年、埼玉県浦和市(現・さいたま市)生まれ。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒業。05年、大学の卒業制作である初の長編作品『剥き出しにっぽん』でぴあフィルムフェスティバルアワードグランプリを受賞。09年の『川の底からこんにちは』はベルリン国際映画祭正式出品作に選出されるなど国内外で高い評価を受け、13年公開の『舟を編む』はアカデミー賞外国語映画部門日本代表作品に選出されるほか、日本アカデミー賞最優秀作品賞並びに最優秀監督賞、芸術選奨新人賞など多くの栄冠に輝いた。17年、詩人・最果タヒの詩集を原作とする『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』で、キネマ旬報ベストテン 日本映画ベスト・テン第1位を獲得。ほかに『ぼくたちの家族』『バンクーバーの朝日』、テレビドラマ『おかしの家』『乱反射』、舞台『宇宙船ドリーム』などの作品がある。

原田満生 MITSUO Harada

1965年生まれ。映画美術監督。『顔』(00年/阪本順治監督)、『ざわざわ下北沢』(00年/市川準監督)で第55回毎日映画コンクール美術賞、第20回藤本賞特別賞を受賞。05年『亡国のイージス』(阪本順治監督)で第29回日本アカデミー賞優秀美術賞、07年『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(松岡錠司監督)で第31回日本アカデミー賞優秀美術賞を受賞。『テルマエ・ロマエ』(12年/武内英樹監督)、『北のカナリアたち』(12年/阪本順治監督)の2作品で第36回日本アカデミー賞優秀美術賞を受賞。『舟を編む』(13年/石井裕也監督)、『許されざる者』(13年/李相日監督)の2作品で第37回日本アカデミー賞優秀美術賞を受賞。同じく『舟を編む』では第68回毎日映画コンクール美術賞を受賞。その他、『深夜食堂』(15年/松岡錠司監督)、『散り椿』(18年/木村大作監督)、『日日是好日』(18年/大森立嗣監督)など。原田満生オフィシャルサイト

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池松壮亮(俳優)/比嘉世津子(Action inc.代表)/石井裕也(映画監督)

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