Smoke – 映画系ダイアローグ・マガジン

煙草の煙に目を細めると、照明を浴びたり、隠れたり、表と裏をいったりきたりする魅力的な人たちがいる。映画からそのほかのジャンルまで、愛すべき人たちにクローズアップする、ダイアローグ・マガジン。

【映画監督 石井裕也】「やるべきことが、期せずしてわかりやすくなった」

聞き手:原田満生 写真:Sai 文:大谷道子

INDEX

  1. 誰が見るか、どう楽しませるか
  2. 「俺、間違ってない」と確認したかった
  3. 現場人であり続けるということ
  4. 人を感動させるパワーは、ごく単純なものに宿る

I=石井裕也 / H=原田満生

「俺、間違ってない」と確認したかった

H 石井裕也とはじめて会ったのは『舟を編む』(13年)なんだけど、あのときは、俺の方が先に決まってたわけ。で、監督誰なの? って聞いたら、プロデューサーが、石井という優秀なヤツだと。申し訳ないけど俺、そのときは知らなかったの。あなたのこと。

I
ええ。
H
で、過去の作品のDVDを買って、会う前に一度観ておこうと。それが『あぜ道のダンディ』(11年)。光石研が主役で、最初は普通なんだけど、途中から、いきなり遺影の前で踊り出すんだよ。それを観たとき「この監督、大丈夫か?」と思って。
I
ハハハ!
H
こいつとやるのかよ、って。そこで止めたんだよ、DVDを。
——
「会ってから決めよう」と。
H
そう。好きなんだよね、ああいうノリが。
I
好きですねぇ。
H
『おかしの家』って深夜ドラマ(2015)をやったときも……。
I
天使に噛まれるシーン?
H
そう! 俺は大っ嫌いなの、ああいうの(笑)。
I
言ってましたよね。あのドラマ、原田さんと企画を作ったようなものなんで。新宿で飲んでて……。
H
原作とはまったく違うのに、「駄菓子屋の設定にしようぜ」「おばあちゃん、必要だよ」とか言って。その企画が通った。
I
で、途中で天使が出てくる話があるんだけど、原田さんが「あれだけは、ダメだ。どうしても」って。
H
だって、天使の羽とかつけて……、
だよ? さっきの光石研と同じでさ、「頼むよ、もう」って。
——
たとえば、岡本喜八監督の映画で、地獄のような極限状態にギャグを突っ込んだりするじゃないですか。人間って、この状態でも笑いを求めるんだ、という。
I
うん。喜八さんの映画、好きだし。今村昌平さん、神代辰巳さんも。皆さん、映画が破綻することを恐れてない。だから面白いし、笑えるし。
H
でも、あれは極端すぎるだろ。
I
天使を出すために全体の話を作ったと言っても過言じゃないんですよ。あれがどうしてもやりたかったんですから。
H
ああ、そうなの。だから、難しい顔して写真撮られたりしてるけど、俺にとってのお前は、さっき言った通りだからね……。ねえ、自分の過去の作品って、観る? 俺はね、絶対に見ない。
I
そうですか。えーっとね、ほとんど観ないんですけど……。
H
観たりもするの?
I
あのね、本当にあれなんですけど、ちょっと前にものすごく悩んだときに一度、全部を見返しました。
H
ああ。
I
それまで一切観なかったんですけど、何か……たぶん、整理しようとしたんだと思う。確認したかったのかもしれない。自分が今まで来たルートが合ってるのかどうかって。ああ、俺間違ってないって思いたかったというか。当時の精神状態、今ではちょっとわかんないんですけど。
H
お前の口癖で言うと、「うん、大丈夫大丈夫!」か。
I
そう。「大丈夫」教の教祖って、原田さんに言われたこと、ありましたよね(笑)。
H
ハハハ! 確認したんだ。
I
しましたねぇ、やっぱり。自分の立っているところに、はじめて疑いを持ったんだと思うんですよ。
H
この人、映画を撮ると評価されちゃうからね。この前も……タイトル、何だっけ? 『青』しかわかんねぇや。
I
『夜空の』何とか1、ですよ。フフ。
H
お前もかよ! で、結局、評価されて賞獲るわけでしょ。でも、俺はね、観に行って、プロデューサーに「これは石井映画じゃない」って言ったの。こんな無理する必要ねえじゃんって思った。何か、叫んでるような映画だったよね。池松壮亮の芝居も、何かいつもとまったく違う作品だったのよ。もしかしたら、本来はああいうのが好きなのかもしれないな……と。違う?
I
うーん……本当は、ゴリゴリのコメディが好きです。
H
『あぜ道〜』みたいな。
I
うん。コメディじゃないですけどね、あれは。
——
『舟を編む』は、淡々とした、行間の映画という感じがしました。あれは、やっぱり好きですね。ああいう表現ができる人、なかなかいないと思います。
I
でも、もはやそういう静謐な映画を評価する人や、行間を読めるような人は減ってきているし。映画の価値自体も倒錯しているというか。状況はどんどんそうなっていっているわけで、そうするとたぶん、僕らもやり方を変えなきゃいけない……何ていうか、ちょっと考え方を改めなきゃいけなくなるのかもしれないな、とは思っています。
H
今は、何やってんの?
I
あれですよ。自分が誇らしいんですけど……いや、発表前なのでちょっと言えませんが、男と女のやつ。
H
そういえば何か、言ってたな。っていうかお前、女、嫌いでしょ?
I
まあ、たぶん基本的にはそうですね(笑)。
H
思ってたんだよ。俺、女優さんと飲んだりすることもあるんだけど、石井の話になると「たぶん私、石井監督に嫌われてます」って。
I
それ、僕も直接言われることがあります。でも、自意識なんじゃないですかね、その人の。
H
でも、女優と結婚してるんだよな(笑)。だけど基本、女嫌いで、男の子なんだよね。男ばっかりの世界にいるのも、まあそれはそれで……いいのか悪いのかわかんないけど。
——
ホモセクシュアルじゃなく、ホモソーシャル。精神的に、男同士でバカをやってる時間の方がよっぽど楽しい、という。でも、ストーリー的に、女性が必要なときもあるじゃないですか。
I
統計的には、ラブみたいなものが映画の中にあったほうが絶対いい、という感じになってますけど……必ずしもそうじゃない、と思う。
H そうだねぇ。
I
たとえば、ハリウッド映画でも、ラブが出てこない方が面白いものがあったりするでしょ? 表現にはもっと可能性があるし、あるべきだと。そういう常識を打ち破っていくことこそが、作品づくりだと。当たり前ですけどね。
H
それは、そうだ。
I
形の上でラブを取り入れても、結局中身がないっていうことになってしまったら、意味がないですよね。
——
無理くりにラブシーンを作ったとしても、醒める。
I
本当、そうです。

脚注

  1. ^ 『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』(17年)、第91回キネマ旬報ベストテン・日本映画ベスト・テン第1位

石井裕也 YUYA Ishii

1983年、埼玉県浦和市(現・さいたま市)生まれ。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒業。05年、大学の卒業制作である初の長編作品『剥き出しにっぽん』でぴあフィルムフェスティバルアワードグランプリを受賞。09年の『川の底からこんにちは』はベルリン国際映画祭正式出品作に選出されるなど国内外で高い評価を受け、13年公開の『舟を編む』はアカデミー賞外国語映画部門日本代表作品に選出されるほか、日本アカデミー賞最優秀作品賞並びに最優秀監督賞、芸術選奨新人賞など多くの栄冠に輝いた。17年、詩人・最果タヒの詩集を原作とする『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』で、キネマ旬報ベストテン 日本映画ベスト・テン第1位を獲得。ほかに『ぼくたちの家族』『バンクーバーの朝日』、テレビドラマ『おかしの家』『乱反射』、舞台『宇宙船ドリーム』などの作品がある。

原田満生 MITSUO Harada

1965年生まれ。映画美術監督。『顔』(00年/阪本順治監督)、『ざわざわ下北沢』(00年/市川準監督)で第55回毎日映画コンクール美術賞、第20回藤本賞特別賞を受賞。05年『亡国のイージス』(阪本順治監督)で第29回日本アカデミー賞優秀美術賞、07年『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(松岡錠司監督)で第31回日本アカデミー賞優秀美術賞を受賞。『テルマエ・ロマエ』(12年/武内英樹監督)、『北のカナリアたち』(12年/阪本順治監督)の2作品で第36回日本アカデミー賞優秀美術賞を受賞。『舟を編む』(13年/石井裕也監督)、『許されざる者』(13年/李相日監督)の2作品で第37回日本アカデミー賞優秀美術賞を受賞。同じく『舟を編む』では第68回毎日映画コンクール美術賞を受賞。その他、『深夜食堂』(15年/松岡錠司監督)、『散り椿』(18年/木村大作監督)、『日日是好日』(18年/大森立嗣監督)など。原田満生オフィシャルサイト

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池松壮亮(俳優)/比嘉世津子(Action inc.代表)/石井裕也(映画監督)

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