Smoke – 映画系ダイアローグ・マガジン

煙草の煙に目を細めると、照明を浴びたり、隠れたり、表と裏をいったりきたりする魅力的な人たちがいる。映画からそのほかのジャンルまで、愛すべき人たちにクローズアップする、ダイアローグ・マガジン。

【Action Inc.代表 比嘉世津子】「お互いの好奇心を掛け合わせれば」

聞き手:原田満生 写真:Sai 文:大谷道子

INDEX

  1. 世の常識を覆す映画を
  2. 「ラテン系」は明るくない
  3. 貧乏で何が悪いの?
  4. 映画は特別なものになる

S=比嘉世津子 / H=原田満生

世の常識を覆す映画を

H
この店、お互いに古いんだよね。
S
そう。でも一度も会ったことがなかった。
——
いらっしゃる時間帯が、少し違うんですよ。
H
『え、「ハバナ」に行ってるの? 昨日も飲んでたのよ』って言われたのが、確か『エルネスト~』1でキューバに向かう空港で。そこで初めて会って、一緒に向こうで仕事するわけだけど、何かね……違うな、と思ったんだよ。「このおばさん、普通の通訳じゃねえぞ」って。
S
何、それ(笑)。
H
すごく思い出すのは、あるキューバ人の家であったホームパーティー。僕ら皆で参加して、ご飯食べて飲んでるときに、踊りが始まったんだよ。サルサ。そうすると、日本人は……これ、あんまり好きな言い方じゃないけど、日本人としては「あー、どうしよう」ってなるじゃない。でもこの人、バーンって出て行って踊り出したんだよね。
S
ハハハハ! だってさぁ、一応通訳だからつながなきゃ、って思うじゃない。
H
いや、普通じゃない……っていうか、俺はあのとき踊らなかったけど、こういうやり方、けっこう俺と似てるなって思ったんですよ。仕事で海外に行くと、必ず何かしら問題が起きるじゃない? で、問題が起きたとき、たいがいの日本人は、それに触りたくないんですよ。
S
そうだね。
H
でしょ? あとでお金払うから誰かなんとかしてくれ、みたいな処理をしたがる。でも僕は現地の人と話して、日本人の意見も聞いて……っていう、いつもトラブルバスター役なの。いろんなところでそれをやってきたんだけど、比嘉さん、まさにそういう感じだったから。海外で生活もしてきて、どっちの価値観もわかってるわけじゃん? 両方の国民性とかわかったうえで、日本と両天秤でやってる、そこが面白いと思うんだよ。
S
まあ、自由に行き来できてるっていうのは、いいよね。……あのとき、ホント、おかしかったよね。原田さん、最後のほうはもう毎日ベロベロで、「もう俺帰んねぇ! キューバに残る!」って。
H
比嘉さんだって、「もう映画の仕事なんかやめる! 私はメキシコ行くんだ!」とか言ってたじゃん。それが二人とも帰ってきて、何となくまた出会って、一緒に映画なんか配給しようとしてて。
S
マリファナ映画2をやるんだよね。ウルグアイの。すごいよ、この映画。バカなの! 究極のバカ。だって「世界で一番貧しい大統領」って、日本でもちょっと前に話題になったムヒカ3が「お前、アメリカ行ってマリファナ調達してこい!」って言う映画なんだよ! バカでしょー。
H
ハハハ。
S
たぶん私以外の日本人、誰も観てないと思う。でも去年の12月に観て「何だ、この映画! すごい」って思ったの。別に感動があるわけじゃないけど、パワーがあるのよ。なぜかっていうと、完璧に世界の常識を覆してるから。この間、カナダがマリファナを解禁したじゃん? そのずっと前にウルグアイは解禁してんの。弱小国だから、ニュースにならないけど。
H
フフフ。比嘉さん、ダメな映画を観ると「何でダメなのに撮ったのか知りたい!」って言うんだよな。
S
だって今、突き抜けてるものがないんだもん。皆、すごくおとなしい。だから、惹かれちゃった。もともと、最初に配給した『永遠のハバナ』(05年日本公開)だって、ヴィム・ヴェンダースの『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(00年日本公開)のイメージを粉砕するためだからね。あのとき、全世界的にもそうだったけど、日本にもすごいキューバブームが起こったじゃん? キューバ音楽ブームっていうか。
——
メンバーが来日して、コンサート開いたりしてね。
S
ね? でも映画では、キューバ人たちがニューヨークに行ったときに、「何て高いビルなんだ!」って言わせたりしてる。バッカヤロー、そんなことこいつらは皆わかってんだよ! っていう。
H
ハハハ。
S
まあ、あれはあれで別にいいんだけど、ちゃんとキューバの人たちの……ミュージシャンでも何でもない普通の人たちの映画があったらやりたいって、すごく思った。だから、今回は「世界一貧しい大統領」像の粉砕。彼の言葉をご神託みたいにありがたがってるムードを壊したい。それを、原田さんが一緒にやってくれるって言うから。
H
俺がやろうと思った理由はね、とにかくこのおばさんが熱いから。でも、マリファナ映画を配給するのにいくらかかるの? って聞いたら「んー、赤ちゃんのミルク代くらいかな」って。ちょっと待てよ、子どものいないこのおばさんに言われてもなぁ、とは思ったんだけど(笑)。
S
何歳までのミルク代かは言ってないけどね。アハハ!

脚注

  1. ^ 『エルネスト もう一人のゲバラ』16年公開、阪本順治監督作品。
  2. ^ 『マリファナをゲットせよ』。原題『Get the Weed』。17年作品。日本での公開日は未定。
  3. ^ ホセ・ムヒカ。第40代ウルグアイ大統領。16年に来日し、『世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉』などの書籍が日本でもヒットした。

比嘉世津子 SETSUKO Higa

関西外国語大学外国語学部スペイン語学科卒業。株式会社神戸製鋼所、メキシコ日産自動車会社通訳、JICAコーディネーターなどを経て、99年に「Action Inc.」を設立。英語、スペイン語の通訳、翻訳業務のほか、ラテンアメリカ諸国の独立系映画の買付と国内配給、日本との合作映画の企画などを行う。おもな配給作に『永遠のハバナ』(05年日本公開)、『スリーピング・ボイス〜沈黙の叫び〜』(15年日本公開)、『映画よ、さようなら』(17年日本公開)など。01年の三池崇史監督作『天国から来た男たち』では通訳兼アソシエイト・プロデューサー、16年の『エルネスト もうひとりのゲバラ』では、キューバロケにおいて阪本順治監督の通訳、台本翻訳を担った。

原田満生 MITSUO Harada

1965年生まれ。映画美術監督。『顔』(00年/阪本順治監督)、『ざわざわ下北沢』(00年/市川準監督)で第55回毎日映画コンクール美術賞、第20回藤本賞特別賞を受賞。05年『亡国のイージス』(阪本順治監督)で第29回日本アカデミー賞優秀美術賞、07年『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(松岡錠司監督)で第31回日本アカデミー賞優秀美術賞を受賞。『テルマエ・ロマエ』(12年/武内英樹監督)、『北のカナリアたち』(12年/阪本順治監督)の2作品で第36回日本アカデミー賞優秀美術賞を受賞。『舟を編む』(13年/石井裕也監督)、『許されざる者』(13年/李相日監督)の2作品で第37回日本アカデミー賞優秀美術賞を受賞。同じく『舟を編む』では第68回毎日映画コンクール美術賞を受賞。その他、『深夜食堂』(15年/松岡錠司監督)、『散り椿』(18年/木村大作監督)、『日日是好日』(18年/大森立嗣監督)など。原田満生オフィシャルサイト

Smoke vol.1 創刊号のお知らせ

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池松壮亮(俳優)/比嘉世津子(Action inc.代表)/石井裕也(映画監督)

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